長崎地方裁判所佐世保支部 昭和39年(ワ)87号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、先ず、原告宮地清一に対する被告尾籠等の訴提起が不法なものであつたかどうかについて検討する。
(一) 被告尾籠の原告宮地清一に対する訴訟が一六回にわたり口頭弁論を経て請求棄却の判決がなされ、該判決が確定した事実は、当事者間に争いがなく、右訴訟は昭和三六年五月六日福岡地方裁判所甘木支部に提起された金一四〇万円およびこれに対する同三〇年一月二五日から完済に至るまで年三割の割合による遅延損害金の支払いを求めるものであつた事実は、原告宮地清一と被告尾籠間において争いがなく、被告桑野両名との間においては成立に争いのない甲第一号証によつてこれを認めることができる。
(二) 次に、被告勝太郎が金融業を営んでいたことおよび被告勝太郎が元金一四〇万円につき利息を月五分、返済期日を昭和三〇年一月二四日、連帯債務者を原告宮地清一とする同年一月六日附借用証書を所持していた事実は、右原告と被告尾籠間において、原告宮地清一が宇久商工組合の理事であることおよび被告勝太郎は同三六年四月二二日右借用証に表示された債権を被告尾籠に譲渡した事実は、当事者間において、いずれも争いがなく、右の事実に、前示甲第一号証、成立に争いのない甲第四ないし第六号証、第九ないし第一一号証、第一五ないし第一七号証並びに原告本人宮地清一、被告本人桑野勝太郎の各供述を総合すると、宇久商工組合の組合長であつた白石留夫は昭和三〇年一月六日被告勝太郎に対する元金一四〇万円、利息月五分、返済期を同年一月二四日とする借用証(甲第二号証、乙第一号証)を作成するに当り、被告勝太郎が連帯保証人として原告宮地清一を指名したところから、同原告を連帯債務者として記載し、その名下に宇久商工組合が商工組合中央金庫から融資を受けるため同組合の理事である同原告から預つていた印顆を冒捺し、これを被告勝太郎に交付したこと、妻である被告キク名義で金融業を営んでいた勝太郎は、被告尾籠に対し三分の謝礼を支払うほか必要経費を支弁する約定のもとに、債権取立のため七、八件の貸付債権を譲渡し、そのうち二、三件は被告尾籠が訴訟を提起してその取立をなしたのであるが、右借用証に表示された債権も、また被告尾籠をして訴訟によつて取立てるべく、同三六年四月二二日これを同被告に譲渡したこと、そこで、被告尾籠は原告宮地に対する右の債権を取立てるべく前示訴訟を提起するに至つた事実を認めることができ、≪中略≫右認定を覆えすに足る証拠は存しない。
しからば、被告勝太郎は、原告宮地清一に対する架空の債権を、被告尾籠をして訴訟行為によつて取立てるべく、信託法第一一条に違反して譲渡し、もつて前示の訴を提起させるに至つたものというべきであり、前示被告尾籠に対する確定した敗訴判決(甲第一七号証)も、またその理由において、被告勝太郎の主たる債務者を白石留夫、連帯債務者を原告宮地清一とする前示借用証(甲第二号証、乙第一号証)は偽造にかかるもので、同原告は右被告に対し連帯債務を負担した事実なく、被告勝太郎の被告尾籠に対する前示債権の譲渡は信託法第一一条に違反して無効なものであることを説示しているのであるから、被告勝太郎および尾籠において、多少の注意を払つたならば、その請求の理由ないことを容易に知り得たものということができる。
そうすると、被告勝太郎および尾籠は、共同して原告宮地清一に対し、少くとも重大な過失により不法な訴を提起したものといわねばならないし、これによつて右原告に加えた損害を賠償する義務がある。≪中略≫
三、進んで、原告宮地清一が被告勝太郎および尾籠の前示不法な訴提起によつて蒙つた損害賠償額の点について判断する。
(一) 前示甲第一号証および原告本人宮地清一の供述を総合すると、原告宮地清一は被告勝太郎および尾籠の提起した前記訴訟に応訴すべく、訴訟代理人として弁護士佐山武夫を選任し、その手数料として昭昭和三七年四月一二日金五万円および成功謝金として同三八年末頃金一〇万円合計金一五万円を支払つた事実を認めることができる。
ところで、高度に専門技術化した民事訴訟において、自己の利益を擁護するため自ら訴訟に携わることは極めて困難を伴うことが多いため、通常弁護士を代理人に選任して訴訟追行に当らしめている実情に鑑みると、不法な訴に応訴するためその手続の追行を弁護士に依頼し、これが手数料、成功謝金として支払つた弁護士費用は、その費用が相当なものである限り、相手方の不法行為によつて蒙つた通常の損害であるといわねばならない。本件において、原告宮地清一の支出した弁護士費用は、佐山弁護士の所属する福岡弁護士会、同原告の居住地区の長崎弁護士会の報酬規程に、それぞれ定められている手数料および成功謝金の標準以下であつて、前示訴訟追行のためには、相当なものであると認められる。
されば、訴訟勝太郎および尾籠は、連帯して原告宮地清一に対し不法な訴提起に基づく損害賠償として金一五万円の支払い義務あること明らかである。
(二) 次に、原告宮地清一は、被告勝太郎および尾籠の提起した前示不法な訴の提起に基づく慰藉料を請求するので、この点について考察する。
原告宮地清一が被告勝太郎および尾籠の提起した右不法な訴に応訴を余儀なくされ、そのため相当な精神的苦痛を蒙つたであろうことは容易に推察し得るところである。しかしながら、右訴訟については、すでに被告尾籠の請求を棄却する旨の判決が確定していることおよび原告宮地清一が応訴するに当つて選任した弁護士費用金一五万円も原告勝太郎、尾籠両名において支払うべき義務の存することは、いずれも前に説示したとおりであるのみならず、前示甲第一七号証によると、右訴訟における訴訟費用はすべて被告尾籠において負担すべきことを定められている事実を認めることができる。そして、右の事実によると、被告尾籠の原告宮地清一に対する請求の理由のないことが確定され、かつ、同原告の右訴訟において通常生ずる財産上の損害はすべて回復したものということができるから、もはや、被告勝太郎、尾籠をして同原告に対し慰藉料を支払わせて回復させる程の精神的苦痛は消滅したと認めるのが相当である。
従つて、この点に関する原告宮地清一の請求は、失当である。 (長久保武 藤野岩雄 高木貞一)